原発と増税の共通点はやっぱり問題の先送りってこと
皆さんこんにちは、くぼみちです。
え〜、橋下大阪市長が関西電力に対して「原発全廃提案」をすると報道されています。関電の筆頭株主なんですね〜大阪市って。
関西電力の総電力供給力に占める原発発電力は50%近いといわれていますので、この提案は関電にとって非常に重い出来事だと思います。
で、最近原発のことについてよくよく考えているのですが、コレってなんだか「増税と一緒じゃないかい〜??」って思うわけです。
『消費増税は問題の先送り以外の何者でもない』でも書かせていただきましたが、現状の消費増税論議は現状の問題ある制度を維持していくことを前提にしています。
いわば現行制度の「延命措置」ですね。
そして年金制度の仕組みをみてもわかるとおり、現役世代が高齢者を支える仕組みになっているため、その財源を消費税でまかなうとすると、引退世代の問題を現役世代、そしてこれからの世代に問題を先送りにしているともいえますよね。
だれでもチョット考えればわかると思うのですが、本来は年金制度を含む社会福祉制度全体の見直しが必要なわけです。そんなに難しいことではありませんよね。がしかし現状は対処療法に終始しています。
コレって問題の先送り以外の何者でもないですよね〜?
で、原発のことを考えて思ったこと。
原発って結局何なのか?
それは、今莫大なエネルギーを得たいがために、後世に核廃棄物処理や、今回の震災のように放射能汚染みたいな問題を先送りにしているというわけです。正直私は原子力の専門家ではないので、科学的なことはわかりませんが、現状から言えることは、結局のところ問題を先送りにしてエネルギーを得ているという、将来世代への問題の先送り以外の何者でもないのです。
今回福島原発の放射能汚染処理はいったいどのくらい続くのでしょうか?
そして、仮に安全に原発が動いているとして(今回の件で安全は幻想だとわかりましたが)、発電後の核廃棄物の処理は一体どの程度かかるのか?
私は現在30代なのですが、仮にあと40年生きられるとして、きっと自分が生きている間ではこの問題を解決しないのではないか?そう思ってしまいます。仮に原発を動かし続けた場合、今後ずっと核廃棄物処理の問題はついてまわるわけです。(続けたら核廃棄物で日本中が埋まってしまうって考える人はいないのでしょうかね。。。)
人は、自分の身の丈にあった生活をしなければならない。私はそう思っています。
そして、身の丈以上のことをするということは、やはり自然ではないわけです。
歴史を振り返って、自然から逸脱した文明はすべからく滅びています。
我々は、自然とともに生きています。そこから逸脱した生き方はやっぱりできないのではないかと思っています。
そして自分の身の丈にあった生活ということを考えると、やはり原発という考え方は、核廃棄処理を何年、何十年、下手をすると何百年先へとツケをまわすという視点からやっぱり自然ではないのではないか?
原発に対して賛成、反対と騒がれていますが、実はそんな簡単な話ではなく、
我々は自分の身の丈にあった生活に全てのものをリデザインしますか?
それともさらに拡大志向で生きていきますか?
ということを原発問題という問題を通して問われていると思うのです。
そして、その答えを出すのは、我々世代なのです。
次に続き未来世代に我々現役世代は何を残して上げられるか?
今それが問われているように思います。
今日もお読みいただきましてありがとうございます。